人は、様々な好き嫌いの感情をもっている。
人の顔、声、性格。
曲のジャンル、メロディ、歌詞。
ファッション、デザイン、色味などなど。
そしてその中には、半永久的に変わらないものもあれば、時間や経験によって変化するものもある。好きだった人を嫌いになったり、嫌いな食べ物が食べられるようになったり。
好き嫌いが変容的であるなら、その感情はどのようにして生まれ、なぜ変化していくのだろうか?
同じ時期、同じ地域で育った者同士でも、好き嫌いがバラバラなのはなぜなのだろう?
実は、人に備わる能力の中に、好き嫌いを生む要因となっているものがある。
後発的に生まれる好き嫌いに対して、である。
好き嫌いの中には、生まれつき備わるものはもちろん存在する。それは、生物として必要な感情であるからだ。
大きい音だったり、腐った匂いだったり。
逆に糖質の高い甘い食べ物は、体に必要な栄養分である。
種として生き残るために、好き嫌いは大切な感情だ。それは、どんな生物にも同じことが言える。一方で、後発的に生まれる好き嫌いもある。
今回は、その仕組みについて述べていきたい。
感情は周囲を巻き込んでいく
実験科学で、非常に興味深い事例がある。
とある実験で、新作ヘッドフォンの使用感についてアンケートをとる、という調査を行った。良かったか悪かったか、正直な感想をアンケート用紙に記入してもらう。後日、同じ人に集まってもらい、今度はペンの好みを聞いてみる。
2本を渡し、どちらのペンが好きか?と。
この時、2本のうち1本は、アンケート記入の際に使用したペンを渡す。すると面白いことに、アンケートでポジティブな回答をした人は、そのとき使用したペンを選び、ネガティブな回答をした人は、別のペンを選ぶ傾向にあったという。
そして、そのペンを選んだ理由を聞くと「このデザインが好きだから」など、それらしい理由を加えて答えたのだ。本人は、それがアンケートで使用したペンだと気付かずに。
この実験結果が示すものは、人の好き嫌いは無意識下で周囲に影響を与える、ということだ。この場合、ヘッドフォンに対する好き嫌いの感情が、そのとき使用したペンに影響を与えたのだ。
このように、感情が周囲を巻き込みつつ派生していくことは、あらゆる実験結果から示されている。私たちは、日々の生活の中で知らぬ間に好き嫌いが生まれているのだ。
物事は、抽象的に記憶される
また、もうひとつ面白い実験がある。
赤ちゃんに、白いウサギのぬいぐるみを渡す。そして、赤ちゃんがぬいぐるみに触ると大きい音を立てる、という意地悪をする。
(赤ちゃんからすると何とも迷惑な実験である)
赤ちゃんは大きい音が怖いため、ぬいぐるみに触ると大きい音が出ることを覚えるようになると、だんだんとぬいぐるみ自体を怖がるようになる。
この実験の興味深いことは、ぬいぐるみに恐怖心を持つようになった赤ちゃんに、本物のウサギを見せても怖がるようになった、ということだ。
それだけではない。なんと赤ちゃんは、白衣を着たナースまで怖がるようになってしまった。
なぜだろうか?
この実験結果が示すのは、人がものを捉えるとき、そのものを唯一として捉えるのではなく、そのものから特徴を抽出して捉える、ということだ。
白いウサギのぬいぐるみから、白という特徴を抽出したことで、それが白衣にまで影響を及ぼしたのだ。ここまでくると、私たちが日々何によってどのような好き嫌いが生まれているのか、検討もつかない。
不意にカフェで流れた音楽、漂う香り、広がる情景。
好きが新たな好きを作り、嫌いが新たな嫌いを作る。
ここで一つ、僕が思ったことは、そうやって感情が連鎖していくのなら、好きなものはできるだけ近く、嫌いなものはできるだけ遠くにやることが、楽しく生きる上で大切なのではないか? ということだ。
例えば、嫌いな上司の近くに我慢してずっといると、それまで嫌いではなかったものを嫌いになる可能性が高くなる、ということになるだからだ。
たまに聞く「好きな人が聞いている曲を好きになる」というような話も、この類のものだろう。
これから数十年と続く人生で、できるだけたくさん好きなものを増やす方法。
そのひとつが、我々に備わる感情の連鎖をうまく利用することかもしれない。