私たちは、さまざまな喜怒哀楽の感情をもっている。
そしてその感情が生じた原因は「外的要因」であると感じることがほとんどだろう。
「試合に負けてイライラする」
「悪口を言われて悲しい」
「褒められて嬉しい」
しかしときには、明確な理由も分からず感情だけが沸々と湧き起こってくることもあるだろう。
「なんかイライラする」
「なんかワクワクする」
「なんとなく悲しい」
また、それら感情の有無や大きさは、人によって違ったりもする。 全く同じ状況下でも、人によって感情に差が出るのはなぜなのだろうか? この感情は、外的要因によって自然発生のように生じるもので、自分の意志が介在する余地はないのだろうか?
その感情をコントロールする術はないのだろうか?
感情の発生源について考えることは、私たちが生きやすくなるうえで非常に重要な論点である。そのことについて、脳科学の観点から紐解いていきたい。
遺伝要因と環境要因
心の事象について調べるとき、「遺伝要因」と「環境要因」の2つの観点から考えることができる。昨今の科学の進歩によって、これまで「環境要因」のみだと思われていた事象が実は遺伝による影響が大きいことが分かったり、逆に「遺伝要因」だと思われていたものが、環境によって後天的に発生するものであることが分かったりと、常識が覆る事例がたくさんある。
その最たる例が「うつ病」だ。
うつ病は、これまで環境によって生じる問題だと思われてきた。イジメのような人間関係の問題、過度な残業のような労働問題。それらは遺伝とは関係なく、たまたま巻き込まれた環境要因である。
確かに、このような環境要因がうつ病を引き起こす原因になることは、紛れもない事実だろう。しかし、同じようにイジメを受けても、過酷な労働環境で働かされても、うつ病にならない人もいる。
その違いはなんなのだろう?
本人の「意志の弱さ」「経験の未熟さ」が原因なのだろうか?
脳の発火条件
とある論文で、”うつ病の遺伝要因を「持つ子ども」と「持たない子ども」で、脳の活動状況に違いが生まれるのか?”ということについて述べられた研究がある。
まず、健常者とうつ病患者の血中から「うつ病の遺伝要因を持つ子どもと持たない子ども」に分ける。そして、それらの子どもに色んな表情の写真を見せ、脳の活動状況(発火条件)をファンクショナルエムアールアイ(fMRI)という装置を使って調べる。すると、子どもによって脳の反応に違いがあることが分かった。
具体的に、どんな違いが見られたのか?
人の感情は「扁桃体」と呼ばれる部位で発生している。つまり、扁桃体の発火有無を観察することで、どのような感情がどのくらい発生しているのかが分かる。
この調査では、「泣いている写真」「笑っている写真」など、ポジティブな感情を想起させる写真とネガティブな感情を想起させる写真を見せ、 扁桃体の発火状態を観察する。
すると、「うつ病の遺伝要因を持たない」子どもは、どの写真を見せても扁桃体は同じレベルの発火が見られた。一方「うつ病の遺伝要因を持つ」子どもは、ネガティブ感情を想起させる写真では扁桃体が大きく発火、ポジティブ感情を想起させる写真では、扁桃体の活動がほとんど見られなかった。
つまり、人は生まれながらにしてネガティブな感情を受けやすい人、そうでない人がいて、それによってうつ病になりやすい人とそうでない人も分かれるということだ。
reappraisal(再評価)
先ほども言ったように、感情は「扁桃体」と呼ばれる部位で発生する。
では、感情をコントロールする部位はどこか?
それは、前頭前野と呼ばれる場所。論理的思考を使うときにも発火する部位である。そしてこの部位は、後天的に鍛えることができる。つまり、いかなる遺伝をもって生まれたとしても、その感情は後からコントロールすることができるのだ。
では、具体的にどうすれば鍛えられるのか?
ハーバード大学医学部の准教授であり、マサチューセッツ総合病院の小児うつ病センター長を努める内田舞さんいわく、感情のコントロールを鍛えるためには「reappraisal(再評価)」という方法があるという。
再評価とは、自分に湧き起こった感情を客観的に捉え、考え直すこと。
前頭前野の活動が活発であればあるほど、再評価をする能力が高く、再評価をする能力が高い人ほど、自分の感情をコントロールすることができる。
再評価をするには、「感情→考え→行動」というフローを意識する必要がある。
具体例を挙げてみてみよう。
<具体例>
目の前で、自分が買ってきたケーキを弟に食べられた。
それに激怒した僕は、弟を蹴っ飛ばした。
行動に至るまでを具体化してみると、
考え(人のものを勝手に食べた弟に、罰を与える必要がある)
行動(蹴っ飛ばす)
という状態だったとする。
これを、ひとつひとつを立ち止まって考えてみる。
まず、感情。
ケーキを食べられてムカついた。確かに、自分が買ってきたものを食べられたら、ムカつくかもしれない。もしかしたら、事前に名前などを書いていれば、この問題は防げたかもしれない。
次に、考え。
果たして、罰を与えるという考えは妥当かどうか。もしかしたら、弟は私が買ってきたケーキだと知らなかったかもしれない。知っていたとしても、ひょっとすると先に私が弟の買ってきた何かを食べてしまっていたのかもしれない。そもそも、罰を与える必要がある問題だったのか?
このように、起こった感情、考え、一度立ち止まって振り返ることで、行動を抑制・修正できればベスト。修正できなかったとしても、後から振り返り、行動が誤りだったことに気づければ、それは次への反省につなげることができる。
自分の「感情→考え→行動」を見つめ直し、再評価をする。その積み重ねで、感情をコントロールする力を磨くことができるとのこと。
もし、感情的になってしまうことがある人は、一度試してみて欲しい。
私たちが感情をコントロールするうえで重要となる、科学に基づいた論理的な解決方法である。
参考URL:
https://www.nature.com/articles/srep18776
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsre/27/2/27_19-016/_pdf