三上の提案に乗ったわたしと古谷は、自転車を押しながら駅前まで歩いた。三上は、古谷の自転車のかごに荷物を載せて、ずいぶん身軽な様子だった。

「チャリ通、楽でいいよなあ。電車乗らなくていいし。」
「電車乗らなきゃ行けない高校選んだの、自分だろ。」
「お、なんだ喧嘩売ってんのか?」
はあ、とわざとらしい古谷のため息が聞こえた。また二人のふざけた会話が始まったので、黙って横を歩くことにした。

「ま、こっちの方までの定期あれば、遊べるしちょうどいいんだよな。あと偏差値もちょうどよかった。」
「……ふーん。」
「うわ、興味なさそう。そっちがふっかけてきたんだぞ。」
「そうでもねえだろ。」
二人は適当に、でもどこか楽しそうに話していた。二人の会話を聞きながら、ふと翠のことを思い出した。

中学3年の時に、翠とわたしの二人で、高校見学に行った。わたしが、家から近い高校がいいと言ったら、翠が一緒に見学に行こう、と今通っている高校の見学に誘ってくれた。

見学をして、特別悪いところが見つからなかったので、わたしはそのまま受験をすることにした。その時、翠には、「決めるの早いよ」って笑われてた気もする。

確かに、それまではどこの高校に行くかなんて、想像すらしていなかった気がするから、驚かれるのも当然だろう。

あの時のわたしは、部活で負けたことを引きずってばかりで、高校生活という、ちょっと先のことも考えられていなかった。あっという間に受験の時期になって、翠と一緒に高校まで試験を受けに行っていた。

合格発表の時も、当然のように翠と一緒に行って、お互いの受験番号を見つけた時は、一緒に喜んだ。

翠は、なんでわたしのことを誘ってくれたんだろうか。翠の偏差値だったら、きっと、もっといい高校行けたはずなのに。

あの時のわたしは、翠と同じ高校に行ける、ということが嬉しくて、そんなこと考えてもいなかった。

「あっという間に受験生だもんなあ。」
「部活引退したら、そうなるんだろうな。」
「大学受験かあ、なんかまだピンと来ないよなあ……」
普段より、少ししんみりとした声色の、三上の言葉が聞こえた。同調する古谷もさっきまでの楽しい雰囲気とは違うようだ。

『私ね、行きたい大学あるんだ。』
翠の声が、頭の中に鳴り響いた。

「……あ。」

「え、稲村どうした。」
「いや、なんでもない。」
不思議そうにする三上に、適当な返事をした。

高校見学の帰りに、わたしに「決めるの早い」と言った翠は、そう言っていた。
大学の話なんて、翠の方がよっぽど早いだろうと思っていたことも、思い出した。
でも、翠が、どこの大学に行こうとしていたのかも、同じ高校を受けた理由も、思い出せなかった。

ああ、こういう時にまた、わたしは周りを見ていないと言われるんだろうか。そんなもやもやを抱えたまま歩いていると、駅にたどり着いた。

「チャリ止めてくる。」
「おう。俺、席取っとくわ。」
古谷と三上が短く会話をしていた。古谷が自転車の向きを変えて、駐輪場へ向かって行った。
わたしも後を追うように、駐輪場へ向かった。

「稲村、なに考えてんの。」
「……翠のこと。」
え、と言う古谷に言葉をかけずに、駐輪場に自転車を止めた。古谷は何かを言いたそうな表情をしていたが、わたしと同じように、自転車を止めていた。

「なんで、高塚のこと」
「……二人が、受験の話ししてたから、なんか思い出した。」
わたしがそう答えると、古谷はあまり納得していないようだった。

そこから、お互い言葉を交わすことはなく、自転車の鍵をかけて、三上の待つファーストフード店へ向かった。

「はるちゃん」
どくん、と心臓が音を立てた。
聞き覚えのある声の方を見ると、蒼太さんがいた。

「……蒼太さん」
少し前に見た姿と変わらず、穏やかな目をしていた。

「……え?」
古谷が小さく声をあげたのが、耳に入った。

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