初心忘るべからず。
この言葉を残したのが、室町時代に能を創った世阿弥である。
一度は触れたことがあるであろうこの言葉は、「始めたころの気持ちを持ち続け、謙虚であることを忘れてはならない。」という意味合いで使われる。
どのようなきっかけで、どのような感情で、それが危機感からか、それとも願望からか、月日が経つと薄れてしまうことが多い。
それらを思い出すきっかけになるため、効果を発揮し続けている言葉である。
しかし、本来世阿弥が説いている内容と、近年使われる意味合いに違いがある。
初心とは「芸の未熟さ」のことを指しており、そのうえで三つの初心があるという。
「是非の初心忘るべからず。時々の初心忘るべからず。老後の初心忘るべからず」
(学び始めたころの芸を未熟さを忘れてはならない。節目節目の初心を忘れてはならない。老年になったときの初心を忘れてはならない。)
世阿弥は、その年ならではの初心が常にあると説いている。
最近うまくいっている手ごたえを感じることがあっただろうか、それとも成長が鈍化し伸び悩みを感じることがあっただろうか。
以前は軽快に片付いた物事が、例えば季節が変わるだけでそれは別物になり得ると仮定すると、それに取り組む自分自身は初心者であると言える。
時々の初心があると気に留めておくと、自己を過少評価もしくは過大評価せずに済む。
老年にも老年の初心があるという。
世阿弥は「初心を忘るれば初心へかへる」という言葉も残している。
老いてもなお未熟さを忘れないことで、学び始めたころの状態に戻らないようにと、自分自身の戒めとして同じ時代を生きた能楽師達を見て書いたと想像する。
「どうすれば能を後世に残すことができるか」
未熟さを原動力に変えて、能に人生を捧げた世阿弥の言葉だからこそ、
その本質が芸能の世界だけでなく、暮らしのヒントとして今でも薄れることなく残り続けている。