体育館を出て、駐輪場に向かった。

駐輪場につくと、わたしの自転車以外に置いてあった自転車が、数台なくなっていた。どうやらみんな、打ち上げ会場に向かったらしい。

ほんの10分間くらいで、自転車も、誰かの声も聞こえないくらい、みんなは学校から離れたらしい。そんなに打ち上げしたかったのか。いつもなら部長が、駐輪場で誰かを捕まえて話していそうなのに。

自転車に鍵を差し回すと、がちゃんと音がした。自転車を引き出してサドルにまたがったところで、目的地がわからないことに気付いた。

両足をペダルから外し、地面につけてから、ジャージのポケットに入れていた携帯電話を開いた。メッセージアプリを開いて、部長からの『予約完了!』と、お店の場所が書かれたメッセージを見つけた。学校の最寄り駅の近くのお好み焼き屋だった。

携帯電話をポケットにしまって、目的地まで自転車を走らせた。指定されたお店に自転車を止めた。お店に入ると部長たちの元気な声が聞こえてきた。

「あ、遥夏きた!こっち!!」
店員さんの案内もそこそこに、部長の声が聞こえた。

「ごゆっくりどうぞ」という店員さんに、軽く会釈をしてから、みんなのいる席に向かった。席につくと、部長からメニューを手渡された。

「今日、食べ放題で3時間制だから。このメニューにあるやつ、好きに頼んでいいって。あと飲み物はドリンクバーから取ってきて。一応最初の注文はみんな食べたいやつ選んだから、遥夏なんか食べたいのあったら頼んで、一人一枚ね。」
部長は早口で説明すると、ドリンクバーへ向かった。今日の部長は、いつにも増して嵐のようだった。

メニューをぱらぱらと見てから、タブレットで注文履歴を確認した。誰も注文していなかった焼きそばを注文した。

注文を終えてドリンクバーに行こうとすると、ちょうど部長が戻ってきた。入れ違いで私が席を立った。

「遥夏、なに頼んだ?」
「焼きそば。」
「まじ?一人一枚って言ったじゃん、ふつー焼きそばいく?」
「誰も頼んでないから、いいじゃん」
半笑いの部長から目線を外して、ドリンクバーでジンジャーエールを注いだ。席に戻ると、早く座ってと促された。

みんながグラスを持って、部長を見ていた。どうやら部長が何か話していたようだ。

「……じゃあ、乾杯!」
楽しそうに笑った部長は、元気よく挨拶した。腕が届く範囲のグラスに乾杯をして、ジンジャーエールを飲んだ。

一人一枚ルールで頼んだお好み焼きと焼きそばを食べ終えて、追加注文をしていた。わたしはみんなの言われた通りにタブレットを操作して、注文ボタンを押した。

「ねえ、そういえば、みんな夏期講習どうする?」
部長が突然、話題を切り替えた。さっきまで、お好み焼きの味を明太もちチーズにするか、海鮮ミックスにするか悩んでいたのに。ずいぶんと違う味の話が出てきた。

「あ~、なんかね、あっきー先生が言ってたんだけど、夏休みに、受験対策みたいな授業あるんだって。あっきー先生、自分の担当あるらしいから、『よかったら来てね』って言われて。」
「そうなんだ、あたし、塾の夏期講習あるからなあ……」
「え、真凛、もう塾行ってるの?早くない?」
「もうっていうか、4月から通ってるよ。部活ない日に通ってたから、日数増やす感じ。」
「真凛、昨日も塾って言ってたもんね。私も来週から塾通うよ。」
「え、菜々も塾決めたの?みんな早いな~。まあ、私も来月から行くけど」
「なにそれ!部長も行くんじゃん。」

みんながジュースを飲みながら、だんたん楽しそうに話し出した。入りにくい話題だったので、鉄板についた焦げをへらで削ることにした。がりがりと焦げを削るのも、今はちょうどいい役割かもしれない。

夏期講習とか、塾とか、今までそんなこと、みんな口にも出さなかったのに。引退した途端、部活から勉強に切り替わるものなのか。みんな別人になったみたいだ。

「ねえ、遥夏は?塾とか行くの?進学って言ってたよね?」
「……そうだね、うん……」
「遥夏、絶対話聞いてなかったでしょ。」
「いや、聞いてた。塾とか、夏期講習とかでしょ。」
「聞こえてきた単語だけ言うんじゃないよ」
「部長、人聞き悪いなあ、ちゃんと聞いてるよ」
ただ、みんなの話題の変化についていけなかっただけだ。不服そうな部長が、またわたしに話しかけた。

「ちゃんと聞いてるならちゃんと答えなよ。」
「んー、塾も、夏期講習も、よくわかんない。」
「……まあ、これからだよね、本格的に受験とか動き出すの。」
部長とわたしの普段通りのやり取りが、今日は菜々が間に入って終了した。

菜々は心配そうに、わたしと部長を見ていたが、部長が何事もなかったかのように、別の話をし始めたのを見て、安心したようだった。わたしは、三人が話しているのをぼんやり聞きながら、焦げを削る作業に戻った。

わたしも、いつかはちゃんと受験とやらと、真剣に向き合わないといけないようだ。バスケ以上に、真剣に向き合える気がしないなあ、と今から尻込みした。

追加注文の海鮮ミックスが運ばれた時には、鉄板はすっかりきれいになっていた。

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