どさっと大きな音を立てて、日記帳を置いた。その風圧で真っ白な封筒が少し動いた。動いたところで、切手が出てくるわけではない。
意味が分からなかった。手紙は、切手がないと届かないらしい。じゃあ、この切手のない手紙は、どうやって家に届いたのか。誰かが直接、郵便ポストに入れたのか。翠からの手紙だから、翠しか考えられない。でも、翠は山梨にいるはずなのに。どうして。
机の上に放り投げていた携帯電話を手に取って、翠に電話を掛けた。7コールかかっても、翠は電話に出なかった。
はあ、と大きくため息をついて、そのまま椅子に腰掛けた。手紙を手に取って、封筒をじっくり見る。切手が貼られた跡もないし、わたしの名前以外に、何かが書かれた跡はない。あまりにもきれいな封筒に、またため息をつく。便箋を取り出して、翠のきれいな文字を見つめる。
『こっちで友達もできたけど、遥夏ちゃんみたいな子いないんだよね。友達ってなんだろうね。』
最初に読んだときには、そこまで気にしていなかった一文が、やけに気になった。翠が、またわたしに冗談を言っているなあ、くらいにしか思っていなかった気がする。
『友達ってなんだろうね。』この疑問が、翠の手紙にしか書けないことなんだろうか。
友達がなにか?なんて、わたしだって聞きたい。クラスの友達、部活の友達、場所が変われど、友達と呼べる人はいる。部活の卒業旅行に行こうと誘われて、安心する。クラスでお昼ご飯を食べたり、移動教室を一緒に行くときも、誰かがいるとその場に馴染んでいる感覚がある。この気持ちを味合わせてくれる人を、友達と呼ぶのは、どうも自分勝手な気がしてもやもやする。
私なりの答えを、翠に出せるだろうか。
月曜日、部活がないと帰宅時間が早い。この前までは体育館にいた時間に、もう家に着いた。これからは、毎日こんな感じなんだろうか。それとも、真凛みたいに塾に通い出したら変わるだろうか。
自転車に鍵をかけて家に入る前に、郵便ポストを見た。薄い段ボールがはみ出ている。段ボールを郵便ポストから引き出すと、通販サイトのロゴがガムテープに印字されていた。宛名はわたしの名前だった。ああ、レターセットを注文していたんだった。翠からの疑問の答えを考えながら、玄関のドアを開けた。
「おかえりー。今日、出かけてくるから晩御飯、冷蔵庫に入ってるやつ食べて」
わたしの姿を見るなり、母は矢継ぎ早にわたしに言葉をかけた。キッチンで洗い物をしているようだ。
「はーい。どっかいくの」
「そう、大学のときの友達から連絡来てね、そっちにいくから会えない?って言われて。もうちょっと早めに言ってくれたら、お菓子の一つでも焼けたのに」
そう言いながら、母の友達が来た時にしか飲まない、ちょっといい紅茶をきれいにラッピングしていた。なにか渡さないと気が済まないんだろうか。
「友達、遠くに住んでるの?」
「そんな遠くないわよ。つくばの方だから、電車で1時間かからないくらいかな。仕事でこっち来たからって呼ばれたの。」
ラッピングした紅茶をカバンにしまいながら、母は話す。
「大学の友達って、そんなずっと仲良しなもの?」
「さあ? 卒業してから会わない子もいるし、なんだかんだ連絡したり、会う子もいるし。」
「ふうん。そうなんだ。」
「そうよ、遥夏だって中学の友達と、会ったり会わなかったりでしょ。」
「ああ、たしかに」
中学の時、仲良かった子がぼんやり頭に浮かぶ。SNSで近況を知る程度で、すっかり顔を合わせていない。
「友達って、どうなったら友達なの?」
母は、一瞬わたしの方を見た。
「……なんかあった?」
「いや、なんもない。気になっただけ」
母はハンガーにかけてあったジャケットを手に取りながら、話続けた。
「……自分が友達だと思ったら、それでいいんじゃない?」
「なにそれ、どういうこと」
「そういうことよ。ごめん私、急いでるの。真紀ちゃん待たせちゃうから。また今度ね。」
母はそう言いながら、ばたばたと玄関へ向かった。
疑問に疑問を上乗せされた気分だ。翠の疑問は、どうやら自力で考えないといけないようだ。

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