古谷を待つまでの間、わたしと三上はそれぞれ、ウォームアップをしていた。
脱げないように靴ひもをきつく結んで、アキレス腱を伸ばしてみたり、部活前よりは、緩めの準備をしていた。
三上も準備体操が終わったのか、シュート練習をしていた。男子とバスケをするのも、久々かもしれない。
高校に入ってからは、体育の授業も部活も、男女別で行われることがほとんどで、古谷とは中学生以来だ。三上にいたっては、体育館の隣のコートで練習してるところを見たことしかない。
そんな二人と、わたしは一体なにを練習するんだろうか。家を出る理由に使ったけど、理由にするだけにしては、思ったより疲れそうだ。
「悪い、遅くなった。」
小走りで、古谷がコートにやってきた。三上がそれに気づくと、ゴールから落ちてきたボールを回収しながら、古谷に向かって声をかけた。
「ほんとに遅い。」
「いや、ボール持ってくるの忘れて、途中で戻ってた。」
少しだけ申し訳なさそうな表情をした古谷を見て、三上はうっすら笑みを浮かべた。
「ボールなくても、俺持ってたのに。」
これ見よがしにボールを見せる三上に、古谷はむすっとした表情を見せた。
「言えよ、ボール持ってるって。」
「遅れる、としか言われなかったら、取りに帰ってるとかわかんねえよ。」
なにをそんな言い合っているんだ、と口を挟みたくなったが、三上がへらへらしていたのにつられて、古谷が笑って言い争いが終わった。
なんか、楽しそうでいいな、と同級生を見るとは思えない感想が出てきた自分に、少し笑ってしまいそうになった。三上が古谷をひとしきり笑った後、練習が始まった。
ボールをついていると、だんだん集中力が増してきている感覚があった。
部活の時は、練習をどうするとか、誰が誰と性格合うとか合わないとか、ある意味、バスケとは別のことばかり考えていたのだと気づいた。
今日は、割とバスケをやることだけを、考えているような気がした。体が変わったわけではないが、心なしか、身軽に感じた。疲れたから休憩しよう、と言い出したのは三上だった。
わたしはコートの端にあるベンチに座って、スポーツドリンクを飲んだ。三上も、自分のカバンからペットボトルを取り出して、ベンチに座った。
古谷はペットボトルを取り出して、飲み終わったと思ったら、またコートに戻って、体を動かしていた。休憩の意味が、古谷だけは、どうやら違うようだ。
「なんかさ、今日、稲村楽しそうだな」
隣に座る三上が、わたしに話しかけてきた。
「……そう?」
「おう、部活の時、なんか険しそうな表情してる。」
三上にそう言われて、どくんと心臓が動いた。
きっと、部活の時には、バスケ以外のことを考えてばかりで、顔に出ていたのかもしれない。今までだったら、とっさに否定したりするかもしれないけど、さっきの心の身軽さが裏付けになって何も言えなかった。
バスケ以外のことで、部活で険しい表情をしている自分も、心が狭く感じて、なんだか許せない気もする。
「まあ、今日の方が、……気楽かもなあ。」
「ふーん。それなら良かった。」
三上はいつもと少し違う笑顔を見せていた。
「ってか、よく表情とかわかるね。わたし、男バスのこととか、気にしてなかった。」
「……いや、それは稲村が周り見てなさすぎ。」
三上はそう言って、またへらへらと笑っていた。少しむすっとした表情をすると、それを見て「その顔。」と言ってまた笑った。
「ま、古谷も似たようなもんだけどな。」
三上がそう言ったのに反応して、古谷がこちらに近づいてきた。
「なんか言ったか?」
「いや、似た者同士の話してた。」
「なんだよそれ。」
「古谷と一緒にされたくないわー。」
「お前はもっと失礼だな。」
わたしと三上が笑うと、古谷は納得いかない顔をしていた。
「いや、稲村、部活の時より楽しそうだなって話。」
「ああ、そういうこと。」
古谷はそう言って、ベンチに座る三上とわたしを見たまま口を開いた。
「稲村、中学の時と、高校でなんか変わったろ?」
「なんかって、なによ。」
「それがわかんねえから、聞いてるんだよ。」
古谷の質問がよくわからなかった。こいつは人に答えさせる気があるのだろうか。
「俺はさ、高校入ってすぐの時、バスケやめようと思った。」
「え、そうなの」
古谷から、そんな言葉を聞いたのは、初めてだった。中学の中で、誰よりもバスケやってて、続けているのが当たり前くらいに見えていたのに。
「……3年のやつらが、とにかく合わなくて、とにかく一緒にバスケやりたくなかった。それで、やめようとした時に、三上と居残り練習しようって誘われて。先輩とか誰もいないで、同級生だけで練習した時、純粋に楽しかった。」
三上は、小さくうなづいていた。
「バスケやるのは好きなのに、合わない奴らのせいで部活辞めたくないなって。……そのあと、辞めるって話を三上にしたら、3年のやつらなんか、あとちょっとで引退だからって、三上に説得されたしな。」
ははっと三上が笑っていた。
今まで、ずっと知らなかった。古谷がそう思っていたことも、何もかも。
わたしは、本当に周りのことが、見えていなさすぎるのでは、と思った。