アメリカの心理学者に「アブラハム・ハロルド・マズロー」という人物がいる。 「マズローの五段階欲求」と聞くと、ピンとくる人が多いのではないだろうか。
「ヒューマニスティック心理学」と呼ばれる領域を推し進めたマズローの概念が元となって、アメリカにはこんなことわざがある。
「if all you have is a hammer, everything looks like a nail.」
日本語に訳すと「ハンマーしか持っていないと、全てのものが釘に見える」という意味である。
果たして、このことわざにはどんな意味が含まれているのだろうか。
このことわざ通りのシチュエーションを考えてみよう。
子どもが初めて「ハンマー」を手にしたことを想像してみてほしい。
ハンマーを使いたくてしょうがない子どもは、あらゆるところを探して「釘はどこだ?釘が必要なところはないか?」と探し始めるだろう。本来打つ必要がないところにまで、釘を打ってしまうということも十分に起こりうる。さらには、釘ではないものまで釘に見えてしまい、手当たり次第にハンマーを使う、ということもあるかもしれない。
ハンマーを持つことによって、あれもこれも叩いて回りたくなってしまうようになる、という子どものように、人は自分の持っているものに固執してしまうことによる、思考や解釈の歪みが発生しうる、ということを、このことわざは表している。
自分が持っている資格ありきで転職先を探したり、新商品の発売をする前提でマーケットから情報を集めたり。これらは、すべて「手段の目的化」と言えるだろう。
目的や目標があって、そのあとで考えるべき手段を、もっているものを使いたいという思考が先行してしまうことは、往々にしてある。それは、感情にも同じことが言える。
いつもイライラしているおじさんは、怒りというハンマーを振りかざし、手当たり次第それを振りかざしているだけかもしれない。つまり、「怒るべき事象」があって、そのあとに「怒り 」が湧いてくるわけではなく、怒りで解決するという手段を覚えたことで、周りにあるあらゆるものが、怒りの対象として見えてしまう、ということだ。
芸人のすべらない話を聞いていると、「よくそんな面白いことが度々起きるなぁ」と思うことがあるのも、ある種この現象によるものと言えるかもしれない。
思考や解釈による歪みは、必ず起こりうる。それは、自分を肯定したいという感情や、そもそもの脳がもつ仕組み上、しょうがないのかもしれない。
それでも、できるだけその歪みから逃れる方法はある。
ひとつは、自分をアップデートし続けること。
ことわざでは「ハンマーしか持っていない」ことが、全てが釘に見えてしまう要因ということだった。つまり、ハンマー以外の武器を手にすれば、別のものに見える可能性が広がるということだ。
そして、2つ目は、自分の思考を常に疑うこと。
多くの場合、人は自分が正しいと思って選択をするし、自分を肯定するための情報を集めてしまう。それが、歪みに繋がる。自分を疑うことによって、逆の情報や考え方を手に入れることができ、結果として歪みをやわらげることになる。
人はさまざまな思考の特徴をもっていて、それは過去にたくさんの学者が定義として残している。まずは、「そういったことが人に備わっており、自分にも生じている」ということの自覚から始めることが重要ではないだろうか。
以下に、心理学用語として定義されている現象を記載するので、参考までに。
【確証バイアス】
自分が肯定したい先入観や仮説を支持するため、自分にとって都合のよい情報ばかりを集め、反証を無視してしまう傾向性のこと。
【利用可能性ヒューリスティック】
意思決定を行うときに、頭に思い浮かびやすいものに頼って判断をすること。
「想起しやすさ」によって、認知が歪められてしまうこと。